『ONE〜輝く季節へ〜』へコミット

■ 長森瑞佳シナリオ
少し違和感のある世界で話は始まる。しかしその世界はプレイヤ側の現実と強く結びついていて、ワクワクするような出来事や些細幸せの繰り返しである日常を経験し、魅力的な生活を送り、違和感は薄れ、プレイヤは世界に完全にコミットする。そしてコミットした途端、世界は壊されるのである。ものすごく無残に、血しぶきが上がり内臓が飛び出るような世界の壊れ方をする。自分が作り出した世界が壊されるのだ。そして最初に感じた違和感はとてもとても重要なことで、すべてを受け入れた上で新しい世界を掴む、そういう王(ワンと発音して欲しい)道を作り上げている。

主人公は「みさお」と長森をすれ違えている。これは小さい頃に一緒にお風呂に入ったことやそのとき湯船で遊んだオモチャ(おそらくカメレオン)といった「みさお」との断片的な記憶が長森と結びついているところからわかる。つまり主人公は小さい頃に長森を「みさお」として認めることで「えいえん」を手に入れた。自分の中で生まれた「みさお」の分身である「みずか」、「みずか」の実体である長森との現状の関係をどのように終わらせるかがこのシナリオのすべてであり、人との絆にこだわった他のシナリオと全く違う点である。

いつだって自分を見守ってくれる長森。しかしほんの冗談を切っ掛けにつきあい出すと主人公は長森を避けるようになる。それどころか何でもないことで怒鳴りつけたり、嫌がらせをしたり、最後には他の男に抱かせようとするのだが、それでも長森は主人公でなければダメだと言う。

これは主人公の生い立ちを思い出さなければならない。長森も十分理解している。
主人公は母子家庭で育っており、大好きな妹は自分はただ見守るだけの中、目の前で死んだ。娘の長い闘病生活に母親は宗教にのめり込み、主人公を捨てて消息を絶ってしまう。主人公にとって家族とは失うものなのだ。危うくて、信用できなくて、自分の心を裏切るもので、そういう人達と関わる必要も無いし、関わりたくないのである。「無償の愛」というのも信じていない。

だから彼女面をする長森に吐き気がした。これは自然な嫌悪感だろう。自分が受け入れているのは「母親気取りの女の子」であって母親の代わり、つまり彼女ではない。(彼女=母親というのは、この境遇の主人公は間違いなくそういう認識をするであろう)
認められない、警戒感を持たせる、触れたくないもの。

長森はそれをすべて理解した上で受け入れているのだ。主人公も「みずか」でなく長森瑞佳を選ぶが、やはり精神の奥底では拒絶してしまう。クリスマスをやり直そうと約束をした日もプレゼントを買ったまま、部屋の床に倒れてしまい高熱を出す。耐えられなかったのだ。
主人公が世界から消えるのは、人と繋がっていられなかったからではなく、繋がっていないと思ったからでしかない。今まで繋がりを拒み続け、夢の中で生きてきたことに対する贖罪が世界からの消滅である。それに対して一年の歳月をかけてすべての整理をつけて帰ってくる。一年間という時間は長く感じるかもしれないが、年少の頃からのすべてに対する代償としては軽いほうだろう。

そして最後のラブコメ調に体を震わせるのだ!(笑)

■ 椎名繭シナリオ
いわゆる精神障害の女の子だった。その言動はひどく拙く「ひとりがいいと自分で決めた」女の子だった。もちろん切っ掛けはあった。おそらく母親との辛い別れではないだろうか。
だから彼女は自分の世界を持ち、他人との絆に興味はなく(それは義理の母親も例外ではなくて)、自分を中心に世界をまわして、ひとりであることに疑念を抱かなかった。主人公と似ている。
偶然、主人公や長森や七瀬と関わり合い、泣くことでしか物事に立ち向かえなかった繭が、世間に順応してゆく。
主人公が無理矢理恋人になりクリスマス・イブの夜におめかしさせてレストランへ連れて行く。とてももどかしいのだ。これは残酷な場面でもある。安易な思い込みから主人公のエゴが出て失敗した。しかし、そうせざる得なかった自分の弱さを苦しさとして感じることができる。
結局、彼女の精神世界を何も理解していない自分に気づく。勿論、プレイヤにもわからない。
それがエピローグになって始めて公開される。成長した繭の精神世界とその成長の過程を。自分のやってきたことは大きく間違ってはいなかったと思える究極のエピローグ。さようなら、ありがとう、おかえりなさい、が交錯する瞬間を感じ取ったときに、一人でも頑張れるけど、やっぱり一緒がいい、と心から言えるようになれます。

■ 川名みさきシナリオ
盲目であること、これをプレイヤは理解できるだろうか。「光を失った」だとか「瞳の輝きを無くした」だとかありふれた形容で、盲目の人間のステレオタイプを出会った頃にプレイヤは植え付けられる。目が見えないだけで、そんなのちょっとした欠点で、普通の女の子と変わらないんだよ、と彼女は言う。それは嘘ではなかった。そう思うことでしか生きられなかったからだ。それを否定したらそこで終わりだから。
彼女はこの学校が好きだった。小さい頃からここで一人で遊んだ。少し変わった子だったのだ。そして年少時代の彼女の日常は、ここで一端幕を閉じる。ある事故で小学6年生のこれからという時に目が見えなくなった。しかしこの学校にいる限り、時間は止まり、目も見える。彼女は安心し、そうあり続けることを望んだ。
やがて主人公と偶然の出会いを遂げ、彼女は些細なことに気付く。
きっかけはいくらでもある。やろうとしなかった。どうしてすぐそばのこんな世界に気付かなかったのだろう。
ありがとう。
それを心で感じ取った上で、最後に「卒業おめでとう」と。
これはプレイヤに対しての直球的投げかけなのだが、正面から受け取れただろうか?
このストーリーの「盲目」とは「目が見えないこと」以外にも、「他へ目を向けることができないこと」を意味しているように思えます。

■ 上月澪シナリオ
語るべきことはあるのに言葉を失している。それは情緒の不安定を暗示させるが、主人公と彼女が出会う前の出来事は一切述べられていない。
とにかくこの子の仕種の表現には実際に画面で動いているかのような錯覚に陥る。そしてそれとなくそんな子が昔いたような気がする、といったありもしない思い出を作り込むすごさがある。
主人公のみさおとの日常の中で最後に出会った女の子。この1週間後にみさおは主人公に父親になってもらうことを切望する。
話ができないから何もしないでいると、誰も話し掛けてくれない。だからずっと1人だった。感情も失っていた。なぜ言葉を無くしてしまったのか。おそらく家族絡みで、とても辛いことがあったのだろう。どうしようもなく絶望して沈んでいるのに、言葉もしゃべれなくなって、悪循環が続いて…、そんな日に彼女は主人公に出会ったのである。

言葉が不自由な人間は手話を使うものだ。彼女が手話を身につけていなかったのは、人と接する必要性を感じ得なかったからだろう。話し掛けられても、どう反応したらいいのかわからない。主人公とは出会いは、そんな悲しい話だった。
切っ掛けは主人公のほんの僅かな思い付きだった。スケッチブックを通して溶けて行く感情、流れゆく時間。

このまま幸せになることはできたはずだった。しかし、彼女は主人公の「えいえん」に振り回される1人となる。

みさおの死を受け入れず、現実から感覚を閉ざし、忘れることで永遠の幸せを望んだ主人公が、彼女ごと自分の記憶を封じてしまうのである。
再会後、スケッチブックに拘る彼女に主人公が苛立っていたのは、忘れていたはずのことを思い起こさせれらる危機感からであった。
そういった心の引っ掛かりを憶えながら、自然と彼女を見守る日常を求めて演劇部に入部し、充実した日々を過ごして行く。
新しい日常。いろいろな日常を知って大人になる。瞬間、瞬間で滅びに向かっているからこそ生きることができる。
消え行く恐怖に戦いている間にも彼女は成長し、舞台の上ではあんなに外すことを嫌がっていたリボンを付け替えている。
そんな彼女を見守り、一緒に過ごす日常の中で、彼女を受け入れたくなるが(このへんはラブコメ調)、そのためには「みさお」の清算をしなくてはならなかった。主人公はやり直すことを心に決め、スケッチブックを持ち去り、別れを告げるのであった。
消える必要性の理解と戻ってくる強い意志。だからこそ、とてもとても穏やかな終焉を迎えるのである。

■ 里村茜シナリオ
「えいえん」の世界へ大切な人を行かせてしまった後悔と痛みと共に生き続けるのが彼女であった。
人一人現実に繋ぎ止められない、という事実を背負って生きている。しかしそれを認められない彼女は帰ってくるのを待ち続けていた。
「えいえん」の世界に行ったまま戻ってこれない…、これは死を意味する。これはこの作品全体の底に流れる本質である。
主人公と知り合い、詩子と3人の楽しく幸せな日常と笑顔を手に入れるが、また悲劇は繰り返されようとする。
詩子が主人公を忘れ始めたとき、日常の終わり、と呟いたのは彼女であった。
すべてを理解している彼女は雲の向こうへと行ってしまうと「消えますよ」と言う。消えてしまうことを知っている茜は、家で燻る主人公をすぐにデートをしようと誘う。後悔したくないのだ。そしてすべてを告白する。すべてをさらけ出してでも、主人公をこの日常に止まらせようとした。
「消え行く人を前にして、私は何もできなかった」
これはまさに主人公もそうであった。みさおが死ぬのを何もできずに見守るだけだったのだ。
ではなぜ彼女はこの現実に繋ぎ止められたのか?
それは大切な人の消滅を認識した上で思い出として心に止めようとしたからである。心に止めていれば必ず帰ってくる、そう考えていたからである。しかし帰ってこなかった。
だから主人公を忘れようとするのは最も正しいことのように思える。正しいことが決して幸せに結びつくとは限らない。だから余計に辛くなるのだ。
しかし別れ際に苦労しただけあって、これもとても穏やかな終焉を迎える。心からおめでとう、と言えます。

■ 七瀬留美シナリオ
少女漫画をこの世界観で書ききった、とんでもないストーリーです。
好きな男の子の幼なじみがライバルで、そこから奪い取る話なんだけど、こてこてドロドロしないのは、主人公が幼なじみにすら忘れ去られてしまい、直接対決がないからでしょう。
今までずっと部活動に打ち込み「そういうものだ」と生活してきたのに、突然のケガでそれが続けられなくなる。部活をまともに経験したことのある人ならわかると思うが、これはとても辛いことだ。
しかし彼女持ち前(笑)のポジティブ思考で、昔から憧れていたプリンセスになろうとする。
とにかく、もてはやされ、ちやほやされることを夢見るが、本当は自分のことを強く思ってくれる人が一人でもいてくれれば幸せなんだ、という考えに至る。
主人公は自分が王子となり彼女の夢が叶えられたとき、彼女のトラウマを拭い去ったとき、自分は現実に繋がり、そこで彼女と一緒に生きていくのもいいかもしれない、と考える。しかし主人公は「みさお」の整理がついていない。
だから別れる覚悟を決めて、約束をして消えるのである。もし1年後もその約束が有効だったら、自分は現実でうまくやっていけると思う。
1年後に再会してみれば「ついさっき、ふたりはそうして別れたんだったけね」と何事もなかったように、時は流れ出す。
これは別れたときも1年以上は引きずってはいけない、という教訓でしょうか(笑)

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